トレイト

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トレイトは、レコード型に型属性の要求を追加した記名型です。 Pythonでいう抽象基底クラス(Abstract Base Class, ABC)に類似しますが、代数的演算を行えるという特徴があります。

トレイトは別々のクラスを同一視したい場合などに使います。標準で定義されているトレイトの例にはEqAddなどがあります。 Eq==を実装することを要求します。Add+(中置)を実装することを要求します。

これらを実装したクラスは全てトレイトのサブタイプとして(部分的に)同一視できるわけです。

例として、ベクトルのノルム(長さ)を計算するNormトレイトを定義してみましょう。

Norm = Trait {.norm = (self: Self) -> Int}

トレイトは宣言ができるのみで実装を持てないことに注意してください。 トレイトは以下のようにしてクラスに「実装」することができます。

Point2D = Class {.x = Int; .y = Int}
Point2D|<: Norm|.
    norm self = self.x**2 + self.y**2

Point3D = Class {.x = Int; .y = Int; .z = Int}
Point3D|<: Norm|.
    norm self = self.x**2 + self.y**2 + self.z**2

Point2DPoint3Dは全く別の型ですが、Normを実装したので、.normメソッドを持つ型として同一視出来ます。

norm x: Norm = x.norm()

assert norm(Point2D.new({x = 1; y = 2})) == 5
assert norm(Point3D.new({x = 1; y = 2; z = 3})) == 14

トレイトの実装では、要求属性を実装していないとエラーになります。実装していても型が合わない場合はやはりエラーになります。

Point3D = Class {.x = Int; .y = Int; .z = Int}

Point3D|<: Norm|.
    foo self = 1

トレイトのうま味の一つは、後述するPatchでメソッドを自動定義できるという点です。

@Attach NotEqual
Eq = Trait {.`==` = (self: Self, other: Self) -> Bool}

NotEq = Patch Eq
NotEq.
    `!=` self, other = not self.`==` other

NotEqパッチにより、Eqを実装する全てのクラスは自動で!=も実装することになります。

トレイト上の演算

トレイトは構造型と同じく合成、置換、排除などの演算を適用できます(e.g. T and U)。このようにしてできたトレイトをインスタントトレイトと呼びます。

T = Trait {.x = Int}
U = Trait {.y = Int}
V = Trait {.x = Int; y: Int}
assert Structural(T and U) == Structural V
assert Structural(V not U) == Structural T
W = Trait {.x = Ratio}
assert Structural(W) !=  Structural(T)
assert Structural(W) == Structural(T.replace {.x = Ratio})

トレイトは型でもあるので、通常の型指定にも使えます。

points: [Norm; 2] = [Point2D::new(1, 2), Point2D::new(3, 4)]
assert points.iter().map(x -> x.norm()).collect(Array) == [5, 25]

トレイトの包摂

関数Subsumeによって、あるトレイトを上位型として含むトレイトを定義できます。これをトレイトの 包摂(Subsumption) と呼びます。 下の例でいうと、BinAddSubBinAddBinSubを包摂しています。 これはクラスにおける継承(Inheritance)に対応しますが、継承と違い複数の基底型をandで合成して指定できます。notによって一部を除外したトレイトでもOKです。

Add R = Trait {
    .Output = Type
    .`_+_` = (self: Self, R) -> Self.Output
}
ClosedAdd = Subsume Add(Self)
Sub R = Trait {
    .Output = Type
    .`_-_` = (self: Self, R) -> Self.Output
}
ClosedSub = Subsume Sub(Self)
ClosedAddSub = Subsume ClosedAdd and ClosedSub

構造的トレイト

トレイトは構造化できます。こうすると、明示的に実装を宣言する必要がなくなります。Pythonにおけるダックタイピングを実現する機能と言えます。

SAdd = Structural Trait {
    .`_+_` = (self: Self, other: Self) -> Self
}
# |A <: SAdd|は省略できない
add|A <: SAdd| x, y: A = x.`_+_` y

C = Class {i = Int}
C.
    new i = Self.__new__ {i;}
    # C|<: Add(C)|で明示的に実装したわけでないことに注意
    `_+_` self, other: Self = Self.new {i = self::i + other::i}

assert add(C.new(1), C.new(2)) == C.new(3)

通常のトレイト、すなわち記名的トレイトは単に要求メソッドを実装しただけでは使えず、実装したことを明示的に宣言する必要があります。 以下の例では明示的な実装の宣言がないため、addC型の引数で使えません。C = Class {i = Int}, Impl := Addとしなくてはならないのです。

Add = Trait {
    .`_+_` = (self: Self, other: Self) -> Self
}
# |A <: Add|は省略できる
add|A <: Add| x, y: A = x.`_+_` y

C = Class {i = Int}
C.
    new i = Self.__new__ {i;}
    `_+_` self, other: Self = Self.new {i = self::i + other::i}

add C.new(1), C.new(2) # TypeError: C is not subclass of Add
# hint: inherit or patch 'Add'

構造的トレイトはこの実装の宣言がなくてもよいのですが、そのかわり型推論が効きません。使う際は型指定が必要です。

依存トレイト

トレイトは引数を取ることができます。これは依存型と同じです。

Mapper T: Type = Trait {
    .MapIter = {Iterator}
    .map = (self: Self, T -> U) -> Self.MapIter U
}

# ArrayIterator <: Mapper
# ArrayIterator.MapIter == ArrayMapper
# [1, 2, 3].iter(): ArrayIterator Int
# [1, 2, 3].iter().map(x -> "{x}"): ArrayMapper Str
assert [1, 2, 3].iter().map(x -> "\{x}").collect(Array) == ["1", "2", "3"]

トレイトにおけるオーバーライド

派生トレイトでは基底トレイトの型定義をオーバーライドできます。 この場合、オーバーライドするメソッドの型は、基底メソッドの型の部分型でなければなりません。

# `Self.(R) -> O`は`Self.(R) -> O or Panic`の部分型
Div R, O: Type = Trait {
    .`/` = Self.(R) -> O or Panic
}
SafeDiv R, O = Subsume Div, {
    @Override
    .`/` = Self.(R) -> O
}

APIの重複するトレイトの実装と解決

実際のAdd, Sub, Mulの定義はこのようになっています。

Add R = Trait {
    .Output = Type
    .`_+_` = (Self, R) -> .Output
}
Sub R = Trait {
    .Output = Type
    .`_-_` = (Self, R) -> .Output
}
Mul R = Trait {
    .Output = Type
    .`*` = (Self, R) -> .Output
}

.Outputという変数の名前が重複しています。これら複数のトレイトを同時に実装したい場合、以下のように指定します。

P = Class {.x = Int; .y = Int}
# P|Self <: Add(P)|はP|<: Add(P)|に省略できる
P|Self <: Add(P)|.
    Output = P
    `_+_` self, other = P.new {.x = self.x + other.x; .y = self.y + other.y}
P|Self <: Mul(Int)|.
    Output = P
    `*` self, other = P.new {.x = self.x * other; .y = self.y * other}

このようにして実装した重複のあるAPIは、使用時は殆どの場合型推論されますが、||で明示的に型指定することで解決もできます。

print! P.Output # TypeError: ambiguous type resolution
print! P|<: Mul(Int)|.Output # <class 'P'>

Appendix: Rustのトレイトとの違い

ErgのトレイトはSchärli et al.の提唱したトレイトに忠実です。 代数演算を行えるようにするためトレイトは実装を持てないようにして、必要ならばパッチをあてる設計にしています。